利益追求モードからの脱却

 僕のメンタルエラーに話を戻します。ウィズコロナになって、徐々に体力が回復していきました。坐禅とかいろいろなことも試しましたが、一番大きな要因は読書でした。偉人の方々の伝記を読むことで救われました。出光佐三、内村鑑三、山岡鉄舟、日蓮……。そういう人たちの生き方を読み、誰もが一度は病に倒れていると知りました。偉人たちもそうだったかと思いを馳せました。伝記を読んで、「体当たりすればいいんだ」と思えるようになりました。

 もう一つ、大きな出会いがありました。『儲かる会社は人が1割、仕組みが9割』という本です。帯に「社長は社員に期待するな!」と大きく書かれていて、社員が僕に持ってきたんです。


 書いたのは経営コンサルタントの児島保彦さん。1937年生まれの方で、うちとも契約していた作家さんでした。すぐに読み、この人とだったらもう1回やり直せるかもしれないと思いました。家までお邪魔をし、話をさせてもらいました。今はうちの会社のコンサルタントをしてもらっています。

 

 先述したように、僕は部下に対して不満を感じ、「僕が100人いたらもっと儲かるのに」と思っていました。だから「儲かる会社は人が1割、仕組みが9割」という本のタイトルと、僕の考えは真逆だと思うかもしれません。違うんです。「仕組み」というのは、部下に下ろせるかどうかです。

 

「下ろす」は、「噛み砕く」とは違います。そうでなく、「部下の人格を尊重すること」です。出光佐三さんが出光興産の社是として掲げていたのが「人間尊重」ですが、それと同じです。

 

 

 相手の表情を見て、その人が完全に理解するまで諦めない。例えばKPIという言葉は便利で、部下もなんとなくわかった気になる。でも、そういう言葉は使わない。「ちゃんとわかってないな」で止めず、わかってくれたと思うまで、話を止めない。


 児島さんの本には「規模を追わない」「正しいことをする」「利益率を上げる」ということが書いてありました。それも心にしみました。

 

 実は僕、沖縄から東京に帰った後、また静岡に逃げたんです。社員に会いたくなかったし、リモートで指示は出せるので。そんなある時、児島さんからメールが来て、やりとりをしているうちに「今、どこにいるの?」と聞かれました。「静岡に引っ越したんです」と言ったら、「社長が何をしているんだ、すぐ帰れ」と怒鳴られて。それで初めて、メンタルのことを話しました。

 児島さんは肝の据わった人だし、仕事は膝と膝を突き合わせてやるものだという“昭和”な人です。僕の話を聞いて、「あなたの会社、ガタガタだ。数字とは別の部分でガタガタだから逃げたのだな」と言いました。見事に見破られました。

 

 

 児島さんは、「俺が行くから、お前も会社に来い。社員と話をしよう」と言いました。本当に来てくれて、社員に僕の病気のことなど全部説明してくれました。そこからしばらくはコンサルタント会社と児島さん、両方からアドバイスを受けていました。数字を伸ばす方法と、膝と膝の突き合わせ方、両輪で回していこうか、と考えました。


 その頃、経理部門に問題があることがわかっていました。担当者を変えるべきという児島さんと、まだ時期でないというコンサルタント会社、意見が割れました。悩みましたが、命を救ってくれた児島さんを裏切ることができないと、コンサルタント会社との契約を打ち切りました。

 

 コンサルタント会社から教わったことは、たくさんあります。事業を立てつける時、どこに穴があるかわかる「ビジネスモデルキャンパス」など、テクニックはいまも存分に使わせてもらっています。部署をつくる時はトップヒアリングをし、生きざまも理解した上で理念を言語化する、そこからミッション、ビジョン、バリューと進めています。

 一方で児島さんは、「予算が達成できない? みんなで本を作ればいいじゃない。作れ、作れ」という人。文化祭ノリです。僕がそれを言うと圧迫になりますが、児島さんだと「85歳のじいさんが言っているから、付き合うか」となります。そのノリが強さと楽しさになって、以前のような「利益追求モード」ではないのに、ちゃんと売り上げが上がっています。


社員一人ひとりにしっかり向き合い「使命」を伝えた

 構造改革についても突き詰めて考えました。これまでの22世紀アートはつぶれたものと考えてほしい、と社員総会で言いました。役員を下に見て、バカにする態度を隠せない人には卒業してもらうしかないと思い、一人ひとりと徹底的に話をしました。

 その結果、15人ほどに辞めてもらい、補充はしていません。会社組織はコンパクトになりましたが、今期の上半期の売上高は、前年同期より2割近く上回っています。僕が社員を道具にしか思っていない時は、人は多い方がよいし、僕がいれば使いこなせると信じていました。社員それぞれに人格と問題意識を持たせたら、少ない人数でもきちんと会社は回っていきます。そんな当たり前のことがわかっていませんでした。

 構造改革をもう少し説明すると、部の数を半分以下にしました。

 

「人を生かそう」という考え方を「最大限の利益を出そう」に変えました。「生かそう」つまり「のびのび働いてもらおう」となると、社員一人ひとりの顔が浮かび、どうしても組織が細分化されてしまう。そうでなく、利益を出せる枠組みを作り、そこに人をあてはめる。そして「なぜ、あなたでないとダメか」をひたすら説明する。


 構造改革をもう少し説明すると、部の数を半分以下にしました。

 

「人を生かそう」という考え方を「最大限の利益を出そう」に変えました。「生かそう」つまり「のびのび働いてもらおう」となると、社員一人ひとりの顔が浮かび、どうしても組織が細分化されてしまう。そうでなく、利益を出せる枠組みを作り、そこに人をあてはめる。そして「なぜ、あなたでないとダメか」をひたすら説明する。

 

 社員が一番求めているのは、使命なんです。こういう仕事をやってほしいというのでなく、あなたのすべきことはこういう意味があると話しました。それがどう会社の利益になるか、逆にここであなたがやらないと、どんな損失が生まれるか。金銭もそうですが、クライアントへのデメリット、つまりお客さんが悲しむことになるよと、徹底的に語りかけました。

 使命には数字もつけました。すると、仕事のノリが変わりました。社員一人ひとりが、勝手に考え出し、行動するようになりました。タスクは下ろさない、使命を下ろす。それが今の僕の方針です。西郷隆盛もそうでした。彼の伝記もコロナ禍中に読みましたが、一番学んだのは始動力です。指導でなく始める力。西郷さんがいると、始まるんですよ。


 メンタルエラーの間、僕は会社をたたもうと思っていました。作家さんのリストを自費出版の会社に譲ろう、作家さんが路頭に迷ったりしないよう、きちんとした会社に譲ろう。そんなことを思っていました。その頃、同時に感じたのは、個々人が発信することの価値が上がっているということでした。

 

 使命には数字もつけました。すると、仕事のノリが変わりました。社員一人ひとりが、勝手に考え出し、行動するようになりました。タスクは下ろさない、使命を下ろす。それが今の僕の方針です。西郷隆盛もそうでした。彼の伝記もコロナ禍中に読みましたが、一番学んだのは始動力です。指導でなく始める力。西郷さんがいると、始まるんですよ。

 

 メンタルエラーの間、僕は会社をたたもうと思っていました。作家さんのリストを自費出版の会社に譲ろう、作家さんが路頭に迷ったりしないよう、きちんとした会社に譲ろう。そんなことを思っていました。その頃、同時に感じたのは、個々人が発信することの価値が上がっているということでした。


コロナ禍でわかった情報の「嘘くささ」と「違和感」

 コロナ禍でメンタルエラーを起こした人が、僕もそうですが、とても多かった。それに対し、世の中が求めた処方箋はセミナーとか、自己啓発とか、そういった即席の情報でした。結果、どうなったかというと、状態はむしろ悪化したと思っています。

 

 やはり必要なものは、無駄なものなのだと思っています。「人と人とのつながり」とか「思いやり」とか言いますが、何ということのない人間に興味を持つ、それが人にとって、とても重要な時代になったと思うんです。他人から見たら一見価値がないようなことを文字にして、印刷して本にする。そういう人ってすごく面白いし、そういう人に興味を持つって、とても大事なことだと、時代が求めていると感じます。これはつまり、僕が取り憑かれていた自費出版の可能性がますます重要になるということ。その感覚はこの間ずっとあり、今、ますます強くなっています。

 

 セミナーとか自己啓発って、結局、「近道を通って得する」ためのものですよね。そういうものを求めるマインドは、まだまだ世の中に跋扈しています。でもコロナ禍の3年間、死生観を変えるようなすごい体験を、相当な人がしました。そういう体験をして、近道とか得とか、そういうものを嘘くさく感じるようになった人も多いと思います。代わりに何が欲しいかはわかっていなくても、違和感のようなものは芽生えているのではないでしょうか。


 やはり必要なものは、無駄なものなのだと思っています。「人と人とのつながり」とか「思いやり」とか言いますが、何ということのない人間に興味を持つ、それが人にとって、とても重要な時代になったと思うんです。他人から見たら一見価値がないようなことを文字にして、印刷して本にする。そういう人ってすごく面白いし、そういう人に興味を持つって、とても大事なことだと、時代が求めていると感じます。これはつまり、僕が取り憑かれていた自費出版の可能性がますます重要になるということ。その感覚はこの間ずっとあり、今、ますます強くなっています。

 セミナーとか自己啓発って、結局、「近道を通って得する」ためのものですよね。そういうものを求めるマインドは、まだまだ世の中に跋扈しています。でもコロナ禍の3年間、死生観を変えるようなすごい体験を、相当な人がしました。そういう体験をして、近道とか得とか、そういうものを嘘くさく感じるようになった人も多いと思います。代わりに何が欲しいかはわかっていなくても、違和感のようなものは芽生えているのではないでしょうか。


 コロナ禍になる前、うちは分の悪い会社でした。派手であればあるほど、いいスタートアップという風潮の中で、うちの会社は自費出版、電子で本を残すという理想は立派かもしれないけど、しょせんは作家のあがりを掠め取っているだけ。そんなふうに思われがちでした。

 

「心」より「お金」の派手さに、誰もが価値を感じていたのだと思います。それがコロナ禍を過ごして、お金の派手さがカッコ悪いという風潮が出てきた。めちゃくちゃお金を持っているユーチューバーって、なんかダサい。そういう感じが急速に広がっていると思います。


“情報”ではなく“無駄”が求められている時代

 僕自身、コロナ禍を経て、ユーチューブとかティックトックとか見ていられない気持ちになりました。ティックトックはお話にもなりませんが、ユーチューブの情報は浅すぎてしんどい。情報が自分のところに来る前に溶けてしまう。感覚的な表現ですが、そんな感じです。

 書籍を要約するユーチューブ動画は少し前まで、100万回再生されるものもありましたが、いまでは6万〜7万回再生に下がっています。ユーチューブは格闘技などがメインになってきている。情報が溶ける感じが、ばれてきているからだと思います。

 書籍を要約するユーチューブ動画は少し前まで、100万回再生されるものもありましたが、いまでは6万〜7万回再生に下がっています。ユーチューブは格闘技などがメインになってきている。情報が溶ける感じが、ばれてきているからだと思います。

 

 インスタグラムにも読書系インフルエンサーがいますが、自己啓発本ばかり読んでいる人が多いんです。僕はコロナ前からインスタグラムをやっています。それはただ読んだ本とか思ったことを、自分に語るように書いているだけなのですが、反応が前よりずっといいんです。この前は『葉隠』(江戸時代中期に書かれた武士の心得をまとめた本)を紹介したのですが、「買いました」「他も教えてください」というメッセージが来ました。道元の『正法眼蔵』を紹介したら、「私は間違ってないと気づきました、ありがとうございます」とお礼のメッセージが来ました。子どもを学校に行かせず、ホームスクーリングで育てている女性でした。僕の言葉で言うなら、情報でなく、無駄。そういうものが求められていると、すごく感じます。


 僕が今、取り組もうとしているのが「百折不撓」というプロジェクトです。企業情報を広める場合、SNSで発信するのでなく、その上にある最上級の発信の場を作りたい。そう思っています。プロのジャーナリストがインタビューをし、それを読みやすい文章にし、プロの編集者とプロのデザイナーが美しい本にする。自費出版ですが、お金を払うことは覚悟であり、結果として商業出版とも引けをとらない崇高なものを発信できる。そういう出版革命をめざすプロジェクトです。

 紙に印刷した本を図書館に寄贈します。コロナ禍を経て、図書館はますます利用者を増やしています。崇高な本を作り、図書館へと確かにつなぐ。他人に対して、何かを真面目に語ることが求められ始めている、そんな今だから必要なプラットフォームです。活字という上質なフィルターを通し、新たな価値を創出したいと思います。

 紙に印刷した本を図書館に寄贈します。コロナ禍を経て、図書館はますます利用者を増やしています。崇高な本を作り、図書館へと確かにつなぐ。他人に対して、何かを真面目に語ることが求められ始めている、そんな今だから必要なプラットフォームです。活字という上質なフィルターを通し、新たな価値を創出したいと思います。


無駄なことでも何かすれば、何かをひらめく

 そして今、僕が密かに注目しているのが特許です。日本の特許の使用率って、20%ぐらいしかなく、その大半が法人の持つ特許なのです。つまり、個人の特許はほとんど眠っている。それでも毎年、20万人ぐらいが弁理士を使って、何十万円というお金をかけて特許を申請しています。この不完全さというか、そういう人々に僕はグッときます。特許を取った人って自費出版作家というか、インディーズなんです。だから、何とかしてあげたい。そう思っています。

 特許のマッチング、つまり企業と特許取得者をマッチングさせて、うちは手数料をもらう。そういう仕組みができないだろうかと、考え始めています。努力をすれば報われると思って特許も取ったのに、実際は報われてない。そういう人たちを世に送るプラットフォームを作りたいと思っています。

 

 22世紀アートを創業したての頃、図書館に行き、利用者に「図書カードをあげますから、どんな本を読んでいるか教えてください」って聞きまくったことがあります。年配の方は山岡荘八先生を読んでいる、再読の人が多い。そんな程度の結果でした。


 特許のマッチング、つまり企業と特許取得者をマッチングさせて、うちは手数料をもらう。そういう仕組みができないだろうかと、考え始めています。努力をすれば報われると思って特許も取ったのに、実際は報われてない。そういう人たちを世に送るプラットフォームを作りたいと思っています。

 

 22世紀アートを創業したての頃、図書館に行き、利用者に「図書カードをあげますから、どんな本を読んでいるか教えてください」って聞きまくったことがあります。年配の方は山岡荘八先生を読んでいる、再読の人が多い。そんな程度の結果でした。

 暇だったんです。夏休みの時期に読書感想文を勝手に書いて、「自由に使ってください」ってフェイスブックで発信したこともあります。夏目漱石の『こころ』とか、太宰治の『人間失格』とか。学生たちの間で、便利すぎるってバズりまくりました。

 暇だったんです。夏休みの時期に読書感想文を勝手に書いて、「自由に使ってください」ってフェイスブックで発信したこともあります。夏目漱石の『こころ』とか、太宰治の『人間失格』とか。学生たちの間で、便利すぎるってバズりまくりました。


 暇だったんです。夏休みの時期に読書感想文を勝手に書いて、「自由に使ってください」ってフェイスブックで発信したこともあります。夏目漱石の『こころ』とか、太宰治の『人間失格』とか。学生たちの間で、便利すぎるってバズりまくりました。

 どちらも個人的趣味で、仕事には結びつきません。でも、何かをしていれば、何かひらめく。何もしていない時は、ひらめかない。それは明らかです。その証拠に僕がお金に取り憑かれていた時、何も思いつきませんでした。お金以外のことは何もしていなかったからです。

 今は会社の体制も整って、僕は経営をしてはいるけど、それ以外のこともいろいろできています。何かをしていれば、思いつく。そして、僕が面白いと思ったことが利益になる。その自信は持っています。

 今は会社の体制も整って、僕は経営をしてはいるけど、それ以外のこともいろいろできています。何かをしていれば、思いつく。そして、僕が面白いと思ったことが利益になる。その自信は持っています。